コラム・ブログ

「スマホ」について思うこと。

2017年7月5日
 つい最近、会社からスマートフォンを支給されました。兎に角、便利です。その便利さは、大きく分けて次の二点です。一点目は、パソコンと携帯電話を持ち歩いていることと同じですから、建築材料や製品、施工方法など、すぐ調べることが出来ます。特に、電車移動の際は、経路と乗車時刻をその都度、知ることが可能です。その他諸々、調べることを筆頭に、便利さを数え上げれば切りが有りません。
二点目の便利さは、少々嫌みな言い方ですが、私以外の「他の人」にとって便利ではないかと云うことです。携帯電話でも同じことが言えるのですが、私の場合は、圧倒的に多い着信に比べて、私からの発信が極端に少ないのです。しかし着信が有れば、それを無視する勇気が無い私としては、大変面倒臭い(失礼!気が・・・)のです。
利便性はこのくらいにして、便利の裏に有ると思われる危険性について、考えて見たいと思います。物心ついた頃には、既にPCも携帯も、若しかしたらスマホも身近に存在した若い世代の人には、「何が危険なんだよ!」と言われそうです。通勤の地下鉄やバスの座席では、老若男女を問わず、8~9割の人が同じ姿勢で、然もよく似た表情でスマホに熱中しています。それだけのことですが、私には異常さを通り越して、不気味さを感じてしまいます。そうした通信メディアでは「相手の顔が見えない。」とよく言われます。しかし私が思う最大の問題は、「自分の興味のあることにしか、アクセスしない。」逆な言い方をすれば、「嫌なことには、関係しない。」のではないかと云うことです。スマホで本を読むことも可能でしょうが、最初から最後まで、読み切ることが出来るのでしょうか。面白い場面や興味のある部分は読むでしょうが、そうでない部分は飛ばし読みで、最終結果だけを知りたいのではないでしょうか。そんな偏った考え方をしたり、対面するコミュニケーションを避けることは、現実の社会生活とは、かなり乖離した状態だと言わなければなりません。
時々は、スマホの使い方を熟考した方が良いと思いますが、如何でしょうか。