そもそも世の中の諸事は、数学の公式のように決まっていないので、予め正しく予想することは至難の業である。何故なら、予想は不安定な要素(天候、理解力、邪魔、体調不良、各種の誘惑等など)で、しばしば当初とは違った方向へと向かいます。
昨今の例では、新型コロナの給付金やマスクも5月中には、届ける「つもり」でした。
当然のことのように「届くはず」でした。
我社の業務についても、同じようなことが云えます。
指示・命令を出す側も所詮「分かって貰ったつもり」だし、受け手側も「分かったつもり」からスタートする。
伝達内容、方法に違いが有るにしろ、最終結果(業務の完成形)の善し悪しが、先でなければ判らない以上、スタート時点では、どう転んでも御互いに業務は「つもり」から始まります。
しかも、我社の業務の完成形の善し悪しは、お客様に喜んで頂き、併せて我社も利益に浴すること。なので、最終形は数例から選ぶことが必要になるかも知れません。
では、具体的に如何すれば「つもりだったのに。」を防ぐことが出来るのでしょうか。
それは皆さんが夫々に考え、夫々の遣り方で日々行動しない限り、防げないと思います。
「つもり」が悪いと云っているのでは有りません。個人が夫々別人である以上、どこまで行っても個人的には「つもり」なのです。
しかし、日頃仕事で起きている不具合の原因が、伝達側・受取側にとって「つもりだった。」では、済まされません。
不具合の原因に、個人的な「つもり」が積り積もった結果であることに、大いなる一因が有るように見えますが、如何でしょうか。
2020.06.23
設計・監理部
津坂 彰